仏像の表情は手の印相(いんそう)と同じく、その鑑賞をする上で非常に重要なポイントとなります。せっかくお体が良く彫られて(造られて)いても肝心のお顔の出来が良くないとしまらない作品となってしまいます。
そして仏像の表情を見てみると様々な表情をしています。怒っている表情や、うっすらと微笑を浮かべている像など様々です。たくさんの方が興福寺の阿修羅像のなんともいえない表情に魅了されました。また中宮寺の伝如意輪観音の微笑には引き込まれています。
仏像はどのような表情をしているのか、探ってみたいと思います。
多くの方がこの像に心を鷲づかみにされている素晴らしい象です。阿修羅とはインドラと戦いを続ける悪神でありましたが、仏教に取り入れられてからは、お釈迦様の眷属となりました。
この像は三面六臂(みっつの顔と6本の手)のお姿で、細長い手に髻(もとどり)は1つです。少年のお顔をしています。しかし天真爛漫な無垢の表情ではなく、何か憂いを帯びた表情をしています。左右両脇のお顔は正面のお顔より若く、それぞれのお顔から違った印象を受けるのも魅力の1つではないでしょうか。
飛鳥寺本尊像の仏師は中国の南朝の出身で、司馬達等(しばたちと)の孫の止利仏師(とりぶっし)と伝えられています。その止利仏師(とりぶっし)による法隆寺金堂の釈迦如来坐像ですが、アーモンド形に見開いた目をして、唇は仰月形(ぎょうげつがた)といわれる不思議な微笑をたたえています。それをアルカイックスマイルといわれています。その表情は、無表情の中で口角を上げ、微笑みを浮かべた表情でありミステリアスな表情のようです。日本語では「古典的微笑」と訳され、古代ギリシャのアルカイク美術の彫像に見られる表情です。広く彫刻されたのは紀元前5世紀中頃から遡って2世紀ほどの間である例が多いようです。
中宮寺の伝如意輪観音もアルカイックスマイルといって、エジプトのスフィンクス、レオナルド・ダ・ヴィンチ作のモナリザと並んで「世界の三つの微笑像」とも呼ばれております。
菩薩の代表といえる観音菩薩は、明王像とは違い優しい慈悲を表した表情をしていることが多いです。それは観音経(かんのんぎょう)という経典の中に慈眼視衆生(じげんししゅじょう)とあるように慈悲の眼で衆生を見つめている優しい表情をしています。
仏像鑑賞にとっても仏像を拝む際は目を見てお顔を見て拝みますので、仏像において良く見られる非常に大事なパーツになっています。
仏像は顔や手が命といっている方もおられるようにその表現は非常に大事になってきます。もちろん他のパーツも大事なのですが、これらのポイントは一番大事になってくるのではないでしょうか。それだけ注目を集めますし、印相(いんそう)を見極めるには手を、さらにお顔には様々なパーツが集まっています。